Steam版『シンフォニック=レイン』が発売されたのでとにかくプッシュする記事


それは三位一体《さんみいったい》の物語。

切なくも痛ましい物語しか書けないシナリオ。
可愛らしくも無機質な表情しか描けない原画。
そして余命幾ばくもなく書く歌詞全が遺言と化す音楽。

あらゆる意味で尖った内容を余儀なくされた3つの要素が痛みと優しさを分かち合い、唯一つの物語を紡いだという奇跡。




去る2017年6月15日、Steamでシンフォニック=レインが配信された。
愛蔵版、普及版に続く三度目の出し直しにして無印から13年の時を経てのリマスターだ。
あの黄金時代の名作ノベルゲームの一本でありながら全年齢PC作品というマニアック*1な立ち位置となぜか家庭用移植されなかったことからあまり知名度が高くなく、もう商業的に顧みられる機会も無いだろうと思っていたところだったのでこれは嬉しいサプライズ。
しかも原画家のしろ氏が全ての絵を当時のタッチに寄せた上でリファインするという非常に珍しい手法によってプレイ済みの信者だけでなく新規層への売り込みも考えてのリマスター化まで行われていて、販売元のデジカにはほんと足を向けて寝られません。

痛みと優しさと、愛の物語:


本作の最大の特徴はやはり三位一体の作品という点だろう。
シナリオが優れている、絵が優れている、音楽が優れている。あるいはそのどれもが優れている。そういった作品は数多くあるが、そのなかでこれほど三つの要素が一体となって溶け込んだ作品を自分は他に知らない。


シナリオの西川真音氏は痛さと切なさに満ちた話を書く。
その内容がともすればただ痛みだけで終わってしまうのはこの後に同会社から出された短編『羊の方舟』を読めば一目瞭然だ。
序盤の展開の遅さからくる退屈さ等も踏まえると、飛び抜けて優秀なライターというわけではなかった。

原画のしろ氏は今でこそヤマノススメという代表作を持つが、当時はこれがデビュー作だった。
淡い色遣いと大きな瞳、優しい表情が特徴の少女達は独特の可愛さとはかなさで人を惹き付けたが、同時にそれらの要素に起因する無機質さはある種の薄っぺらさ、もっと言えば嘘臭さも感じさせた。
固有の魅力はあるが、未だ発展途上の絵師であったことは否めなかった。

音楽の岡崎律子氏はこの三人の中ではダントツのベテランだ。
作曲家としてもシンガーソングライターとしても多くの実績を持つ彼女の曲と歌は企画段階から作品の根幹を担う要素として定められており、一番の売りとなる部分でもあった。
そして、これが彼女の遺作でもあった。
スキルス性胃ガンを患いながらそれをひた隠しにして作られた10曲に及ぶ歌の数々はそのどれもがキャラクターの心情に寄り添った感情の花火であると同時に作り手の遺言でもあり、素晴らしい出来であると共に本来背景側に属するはずの音楽としては恐ろしいほど強い存在感を放っていた。


物語を構成する三つの要素はそのどれもが突出しており、到底交わることなどないかのように見えた。
けれどそれらは混じりあった。痛みと優しさと愛を持って、手を取り合ったのだ。


文章がもたらす痛みをイラストの優しさが癒し、少女の表情に宿る無機質さにシナリオが意味を与え、それらが叫ぶ苦しみと切なさを愛深き音楽が包み込む。


痛みに満ちた世界とその中で生きる者達の願いと光を描いた物語。
そして本作はその物語構造を、物語を形作る要素同士が実践することで確固たるものとすることに成功したのだ。
優れていたから、ではない。言うなればどれもが一人であろうとしなかったからこそ達した三位一体の高み。
それこそがシンフォニック=レインを無二の物語へと昇華した概念なのだと思う。


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あと他にもエンディングの多くが複雑な余韻を残す結末の構造とか、
その構造が最も映える形を考えて構築されたルート管理とか、
音ゲーパートがeasyとnormalで曲ごとの難易度曲線が全く異なりながら、どちらもが物語的な説得力を持つレベルデザインとか、
双子の姉妹を兼任するに留まらず、筆頭ヒロインである妹が幾度も使う『……』という無言に込められた想いを呼吸音一つで演じ分け抜いた中原麻衣氏の圧巻の演技*2とか、
語れることはいくらでもあるのだけれど、これは単に好きな作品を好きだって言うだけの記事なのでここら辺で終わりにします。

正直な話をすれば、ちょっと序盤たるくて立ち絵切り替えやらウェイトやらが全体的にテンポ悪くて、あとSteam版に関してはなぜか音ゲーパートが30fps固定になってたり旧版に付属していた短編集が付いてなかったりプロパティ覗くとファイル名が白衣性愛情依存症になってたり*3といったちょっとした古めかしさはあるけれど。

古めかしさはあるけれど。

でもやっぱり、好きなんだよね。

*1:18禁の方がメジャーという業界があるんです、あったんです

*2:上では数えなかったが比重で言えば本作の第四の柱とも言うべき存在

*3:昨日のアプデでサイレント修正されたよやったね